8 霊魂の世界

霊魂の世界は不幸な世界であった。

しかし、それは、人間がこの世に生活したからなのであった。

 

仮に、人の魂が物質の世界に一度も下りなかったとしたら、人は食べる必要がなかった。

着る物も、家も、要らなかった。

そうなると、必死に働く必要がなく、誰かに使われることもなかったのである。

お金も必要がなかった。

 

ところが、この世に生まれて事情が変わった。

親は子供を食べさせなければならず、働いて賃金を持って来なくてはならなくなったのである。

そうした社会では、子供の頃から勉強しなければならない。

良い学校に入る為に勉強しなければならず、遊びたくても我慢するのであった。

 

人間の身体は一人一人違っていた。大きい人も、小さい人も、力が強い人も、弱い人もいた。

容姿も違っていた。学力はもちろん、運動能力も、全員違う。

そうなると、必然的に競争が生まれた。

 

人は他者と自分を比べて競争する。勝つと喜び、負けると悔しい。

スポーツは勝ち負けの世界である。

人よりも強く、人よりも速く、それがスポーツの世界である。この世の人達はその努力と才能を称える。

しかし、それは、人間の心に、競争心と闘争心、優越感と劣等感、そして、僻みの心理を植え付けたのである。

 

学校では、教師が生徒に、夢を持て、と言い、努力の大切さを訴える。

しかし、そのようにして育ち、生活し、死んだ人達の意識には、夢や生き甲斐がなく、プライドを持つ機会がなく、競争心を満たせない人生では我慢できない、という心理が生じていたのである。

 

常に誰かと競って、上下を感じてプライドを保ってきた人が、誰でも若くて美しく、念で何でも作れ、念で芸術的な絵すら描け、どんな家にでも住める、こんな世界は耐えられないのであった。

これでは、どんな才能も必要ない。

皆、同じ事ができるからである。

 

誰でも花畑を作れる。作っても、誰かに壊される。

学校の勉強や研究が何一つ生かせない。仕事の経験もまるで役に立たない。

走っても疲れない。引力がないのだから、空を飛ぶ事すら可能であるが、誰かの念で落とされるかもしれないのであった。

 

何でも思い通りになる美しい景色の世界は、人間という欲に塗れた魂には、喜びをもたらさないのであった。

 

結局、戦いに勝つ事が希望になってしまう霊魂が大勢出現するのであった。

女性であっても、念さえ強ければ男性に勝てるからである。

 

念が全ての世界、それは、物質的、精神的欲望を達成する事が幸福だと感じる現代人には、苦悩しか生まない世界なのであった。

 

人々の未来は決して明るくない。

その現実を知らなければならない。 楽しい未来を語るニセモノに騙されてはならない。

 

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