太陽とか、霊山とか、祈りの対象に大勢の人達の真剣な祈りの念が向けば、そこに霊的なキザハシが出来たのである。
太陽や霊山には、長い時間をかけて高貴な力が集まっていた。そこには高級な幽質もあった。
高級な幽質と高貴な霊質、そして、霊魂集団がいたのである。
物質の太陽や霊山ではなく、霊的な部分に霊的な力が集まったのである。
仏教であっても、霊的な力を得るには霊的な目印に祈りを集める事が必要であった。
仏像のようにそれ自体が信仰対象ではなく、霊的存在が降りる為の目印を考えるべきだったのである。
ただし、その場合でも霊的身体が成長した修行者が必要になる。
この世の人間が霊的に高級な力と接点を持つには、霊的な法則を考える必要があったのである。

