3 この世を生きる霊的な目的

 


 この世を生きる事に霊的な目的はないのですか?


 ありません。

 この世に生きる事は殺す事です。
 殺す事はかわいそうな事です。そこに霊的な目的など、あるはずがないのです。

 


 では、何の目的もなく生きるのですか?


 目的は生じているのです。

 この世に生きる事に霊的な目的がなくても、現実に私達は生きています。
 人間も動物も皆生きています。
 動物は他の生命を食べて、自分も食べられるのですが、それが必然なのです。
 肉体の仕組みだと言えましょう。

 人間も含めたこの世の生き物は、生まれてから食べ物を食べて成長します。成長すると生殖して子育てします。これを延々と繰り返しているのです。
 これを辞めろと言っても、無理です。

 人間の場合も困難です。
 食欲も、性欲も、肉体に備わった本能だからです。この世に生まれたら、そうなったのです。
 そうであれば、この現実を受け入れるしかありません。
 この現実の中で、どう生きるべきなのか、それを考えるしかないのです。

 無神論者であれば、それぞれに頭をひねるのでしょうが、残念ならが人間は霊的生命です。死後は霊魂の世界で生きます。
 それを先に知らねば、結論は出ません。

 例えば、死後の世界に地獄があれば大変です。誰もそんな世界に行きたくありません。
 この世の行動で死後が決まるのであれば、どうすれば良いのか、それを先に知らずに人生の目的は語れません。

 


 では、この世に生まれたからには、まず、死後、下の世界に生まれないで済む事が、生きる目的になるのですね?


 そうです。

 それは、大前提になります。
 死後、目玉をくりぬかれるような世界には入りたくありません。
 そうならない為の対策が必要になります。

 死後、下の世界に入らない為には、このHP内の「死後の世界」を読んでください。

 もう一つ、目的が生じています。

 それは、本当の意味での魂の進歩です。

 実は、この世では神伝禊法を行なう事によって、魂が進歩するのです。

 


 分かりやすく説明してください。


 この世に生まれるのは幽体の一部だからです。
 幽体は誰にでもあります。なかったら霊魂の世界に入った時に使用する身体がありません。顔もありません。
 それでは困ります。ですから、幽質界で生きる為の身体が肉体と重なっているのです。
 その幽体は幽質界から来ました。
 つまり、幽体を知らねば人間の魂について語れないのです。
 実際には、霊体を含みますが、難しいのでここでは省きます。

 この世で死ぬと、人は幽質界で幽体を使用して生きます。
 幽体は肉体と重なっていましたから、手もあれば、足もあります。内臓もあります。

 ですが、物質を食べませんから、胃も、腸も、形だけで、役割が何もなくなるのです。
 手も、足も、同じです。地球の引力に縛られませんから、念の力で動けます。動かす筋肉も、神経も、要らないのです。

 結局、必要なのは念を出し得る意識だけなのです。
 つまり、魂のみになるのです。

 肉体を持っていた頃は、脳が見たと感じ、味も脳が感じていました。何もかも頭の中の出来事だったのです。
 無神論者が、脳が全て、と言うとおりなのです。

 その脳も形だけになってしまい、役割がなくなるのです。
 役割のないものはいずれ消失します。
 その結果、幽体=魂、と言えるような状態になるのです。

 その幽体の一部が、この世の胎児に重なるのです。

 そうなると、新しい赤ちゃんの幽体は意識そのもの、魂そのものです。一部とはいっても全体のミニチュアのようなものです。

 魂は長い歴史を持っています。
 過去に、この世に生まれて、笑ったり泣いたりした歴史が詰まっているのです。
 霊魂の世界での記憶もあります。

 幽体には、過去の人生で人を殺したり、殺されたりした時の心理が詰まっているのです。
 人間の社会は戦争の連続でした。何回か生きれば、一回ぐらいは戦争に巻き込まれて殺し合っているはずなのです。
 飢えて死んだ事もあれば、奴隷として泣いた事もあるはずなのです。

 そうした辛い心理が幽体の意識の奥に存在しているのです。
 この世での記憶は幽質の世界に入るとやがて薄れていきます。まるで違う環境に入るからです。
 どんなに辛い人生でも、幽質界で何百年も過ぎたら忘れてしまいます。
 ですが、記憶は消えていっても、心理は意識の奥に潜在していて消えていないのです。
 その心理は傷ついたままなのです。
 その心理を癒さなければ、魂全体としては、進歩しないのです。苦悩や怒り、復讐心が消えないからです。

 それを癒す方法が必要なのです。
 つまり、幽体の意識の奥を癒し、幽体の意識を成長させれば、魂は進歩するのです。

 その為の手段が、この世に出現した神伝禊法なのです。

 このHPの
「水波霊魂学の基礎知識 19神伝の法、20 神伝鎮魂法」
 https://keizankan.com/saizensen/?p=289
 https://keizankan.com/saizensen/?p=293

「少し専門的な話 神伝の法についてのQ&A」
 https://keizankan.com/saizensen/?page_id=906
を読んでください。

 


 では、スピリチュアリズムは間違っていますね?


 もちろんです。

 表面の意識をどんなに変化させても、幽体の意識は変化しません。
 表面の意識が深い愛を持っても、幽体の意識は人を殺したいと思っているかもしれません。
 これではどうにもなりません。
 魂の全体の癒しや進歩が必要なのです。

 


 スピリチュアリズムを信じる人が増えると、肝心の神伝の法を知らないで人生を終える人が増えてしまいます。
 これでは、むしろ、妨害勢力になりませんか?


 そうです。

 もっと神伝の法について知るべきです。

 


 神伝禊法は霊的なカルマを解消できるのですね?


 そうです。

 霊的なカルマというのは、いわゆるカルマではありません。
 幽体の意識に眠る過去世の心理の事です。
 例えば、殺された恐怖心が甦って来れば、表面の心理に影響を与えます。
 殺された人は相手を憎みますから、復讐したい、という心理があります。そうした人が誰かと喧嘩して、偶然、刃物を見つけたら、刺したい、という衝動が心の奥から湧いて来る事があるのです。
 幽体の意識による衝動です。

 つまり、過去世の心理が今回の人生を不幸にしてしまう可能性があるのです。
 ですが、本人はそれに気付きません。
 誰でも良いから殺したい、という衝動が湧き起こる人もいます。そして、それが止められなくなるのです。
 殺人ほど大きな事でなくても、人間は日常的に幽体の意識の影響を受けているのです。

 そうした心理を和らげるのが神伝禊法なのです。

 


 一回、神伝禊法の研修に出れば良いのですか?


 そんなに簡単ではありません。

 過去世は何回もあります。いろいろな心情が潜在しています。
 人生を掛けて神伝禊法を行なうべきです。
 成果が出た分だけ、魂は救われているのです。

 


 では、現実的には、この世に生まれた目的は、神伝の法を実習する事になりませんか?


 そうです。

 それが、神霊が人間に与えられた救いなのです。
 この世で生きる事は辛い事です。
 だからこそ、生きる意味や目的が必要なのです。

 神伝の法を実習すれば、自分の魂を進歩させるだけではなく、幽体や霊体をも成長させます。

 そうすれば、側にいるペットも高級な幽気と接しますから、ペットの幽体も綺麗になります。
 それがペットの死後の幸福を約束するのです。

 食べるのは残酷な事です。ですが、仕方がありません。
 食べられそうになれば、動物は抵抗します。ですが、結局、諦めるしかありません。
 そうであれば、他の生命の死後に救いを与えるべきです。

 神伝の法の実習者のみがそれを可能にするのです。
 現代人にとっては、それこそが生きる目的となっているのです。

 


 人はなぜこの世に生まれたのですか?


 その説明は長くなります。

 本 『二本足の霊魂』 を読んでください。

 

少し専門的な話へ戻る

タイトルとURLをコピーしました